sabakubakubakuの日記

発達障害児を育てる発達障害ワーキングマザーの日記

まず自分について

私は数年前に息子が産まれ、その子が4歳でグレーゾーンの自閉症スペクトラムと診断され、その後いろいろ考えて自分も発達障害と確信したパターンです。すっきりしたかったので、診断をとり、今は心理検査の予約待ち中です。

いちばん困り感の強い特性は、最近までは先延ばし癖と締め切り破りでしたが(これは薬が効いているのか、上司にも驚かれるほど改善しました)、今はコミュニケーション(特に職場)かも知れません。

簡単な生い立ちは、今思えば父親がたぶん高機能自閉症で(トランプで場に捨てられたカードを記憶してるとか、幼少時にお米粒の数を意識しながら食べていたとか)、母はADHD(家はいつも散らかっており、冷蔵庫には何だか分からなくなった物がよく入っていました)だったと思います。

家族の仲は、私が十代後半になるまでは良くも悪くもなく、身体的な暴力などの分かりやすい虐待もありませんでした。ただ、休日に誰もどこにも行かないので、見かねた祖母がたまには子ども(私)をどこかに連れて行くようにと言うと、決まって今で言えばオリンピック的な店に行き玩具を買う、といった家庭でした。

家族旅行のような行事もなく、同級生が家族でどこそこに旅行したという話を聞き、なぜ親と、親戚がいるわけでもない場所に泊まりに行くんだろうと、不思議を通り越して気持ち悪いと思った記憶があります(今では夫と息子との外出や旅行を楽しんでいますが)。

小学校の頃は特に大きな問題も起こさず(今思えば発達障害以外の何物でもない出来事がいろいろありました)、友達もいましたが、高学年から中学校にかけて、当時は意識していませんでしたが周囲と馴染めなくなり、不登校になりました。

結局中学校には復学せず、高校、大学にも、同級生と同じパターンでは進学しませんでした。幸い(これも今考えると自閉症スペクトラム特性の影響と思いますが)、記憶力やロジックがそこそこ得意で(後に数やPCスキルが要求される仕事に就きます)、聴覚が良いのか英語も好きだったので(これも職場で役に立ってます)、大検(今の高卒認定)を取って、専門学校を卒業し、派遣で仕事を始めました。その後縁があり、正社員になり、いまは問題を抱えながら何とか一応管理職に就いています。

今思うと、両親が特性持ちで機能不全家庭で育ち、自身も遺伝で発達障害だったため学校に不適応を起こしたものの、運よく非正規で就職できた、という事だったと思えるのですが、当時は(学校の教師も含め)発達障害の知識なども一般的ではなく、インターネットも無かったので、ただの問題児扱いでした。

ただ、これも自閉症スペクトラム的な特性だったのか、私自身は特に困ったとも悲しいとも苦しいとも感じず(当時はそう思い込んでいただけで、後でトラウマとして出てくるのですが)、家で物を壊したり、摂食障害自傷などもなく、大きな問題行動は無かった様に思います。あえて言えば、昼夜逆転とゲーム依存(もし当時ネットがあれば、おそらく依存していたと思います)くらいでした。

そう言えば最近、愛着障害のチェックリストで「火をつけるのが好き」という項目を見て、それはあったなと思いました。たき火はもちろん大好きで、家の物置の中で空き缶の中に物を入れて火をつけて近所の人に注意されたり、居間にあった陶器やガラスの灰皿の上でちり紙を燃やしたら真っ二つに割れてしまったという記憶があります。

そんな感じで、はつらつとして元気で明るい子などでは決してなく、かといって地味でおとなしく目立たない子でもなく、どちらかと言うとまあまあ普通の子だったけれど、年齢とともにだんだん周囲とずれていったんだなあと、改めて思います。