sabakubakubakuの日記

発達障害児を育てる発達障害ワーキングマザーの日記

自閉症の診断

先日読んだ「ハイパーワールド 共感しあう自閉症アバターたち(著:池上英子)」という本は、とても面白かった。本屋の店頭で目にして、何となくアンテナが反応して即買した本だ。内容は主に、正直、まだ運営されてたんだと思ってしまった「セカンドライフ」内で活動している自閉症者との会話などについて書かれている。登場してくる人たちはアメリカやイギリスからログインしている人が多いらしく、自閉症についての意識や考え方も「進んでいる」ように思えた。面白そうだから私もセカンドライフアバターを作ってみようとタブレットからアクセスしてみたが、どうもPCから接続する必要がある様で、とりあえず断念した。アプリとかあったらいいのになあ。

 

何点も興味深い情報や考え方についての記述があったが、最もなるほどと思ったのは「ニューロダイバーシティ」という概念だ。自閉症は脳神経回路の多様性に過ぎない、といった考え方で、よく「自閉症は個性だ」とする意見に相当すると思う。今年の4月からセサミストリート自閉症のジュリアという女の子のキャラクターが登場しているそうで、自閉症児の保護者からの要望で5年前から準備がすすめられていたというが、やはりアメリカは多様性やマイノリティについての考え方が進んでいるんだなあと感じる。

 

私も常々、自閉症発達障害というのは、左利きの人のようなものではないかと思っていた。世の中には普通に生れつき左利きの人が存在して、右利き中心に組み立てられている社会の中で不便を感じながらも、もし身近に「私は左利きなんですよ」と言う人がいれば、単に「ああ、そうなんですか」といった、別に何でもない反応を返すだけのことで(私は左利きではないので、当事者の人たちが心の底でそれをどう思うかまでは分からないのですが)、一昔前のように「徹底的な矯正が必要なのではないか」などとは考えない(考える人もいるのかも知れませんが)。そういうものだと考えていた。なので、ニューロダイバーシティという言葉を聞いて、すとんと腑に落ちる感じがした。

 

ここまで考えて気になるのは、自分は自閉症なんだろうかという点だ。発達障害としては去年やっとADHD/ADDという診断名をもらえたが、アスぺルガーや自閉症スペクトラムとは診断されていない。自分の成育歴や家族(私の父や父の家系は、どう考えても高機能自閉症だ)のことを考えたり、子どものころから何度も繰り返している人間関係の失敗の内容を考えると、グレー度はそれほど濃くはないかも知れないが、おそらくアスぺルガー症候群なのではないかと思う。自分のことを考えるときに、長年「どうして私はいつもこうなんだろう」と思い悩んで落ち込んでいたことが、「なんだ、自閉症スペクトラムだったからなのか」ということですんなり説明がつくことが多々ある。でもそれと同時に、「私は本当に自閉症スペクトラムなんだろうか」と いう不安もあり、やっぱりなんだか落ち着かない。

 

前掲の本、「ハイパーワールド」の中で自閉症当事者として登場する人たちの中にも、大人になってから自閉症スペクトラム的な特性に気づき、子どものころなら医者に連れていかれて診断を受けて、早期療育などの支援の対象となっていたかも知れないが、成人して(生きづらさを抱えながらも)社会生活を送っており、今さら診断を受けても大勢に影響はない、といった状況の人がいた。

 

まあ、診断を受けたから何が変わるというものでも無いとは思うけど、やっぱり何となく、診断名をつけてもらってすっきりしたいという気持がぬぐえない。