sabakubakubakuの日記

発達障害児を育てる発達障害ワーキングマザーの日記

「勉強」療法にしがみつく

今年の春に支援級の息子が小学2年生に進級し、ふっと落ち着いて気が抜けたせいなのか、息子のためにと思って自分のやってきた事を振り返り、迷いと不安を強く感じるようになってしまった。

 

息子が発達障害と診断を受けたのは保育園の年中の途中だから、それから約2年半が経過している。その間私は、関連書籍を読み漁り、セミナーや勉強会にも手当たり次第に参加した。発達関係の講座に出席したら周りは専門職の受講者ばかりで一般の父兄は自分だけといったことも何度かあった。ひたすら突っ走って知識を詰め込んでいた様な気がする。

 

しかし、振り返ってわが子を見てみると、果たして本当にその成果が出せているのか、良い結果に結びついているのかという事が、はなはだ疑問に思えてきた。相変わらず息子は切り替えが下手でいつまでもぐずぐず食事をしていたり、寝る前に読んでいる本を切り上げられず、就寝時間が遅くなってしまったりしている。最近は公文を始めてみたが、宿題のプリントはいつもほとんど白紙のまま、次に教室に行く日が来てしまう。数万円のペアレンティング講座は都合4回くらい受講して認定まで受けたのに、全然実行できている気がしない。

 

発達障害について理解を深め、脳科学まで勉強し、人並み以上と自負できる程度には知識を仕入れてきたつもりだ。自分なりに最善の対応を学べていると思っていた自分の理想と、現実の息子とのギャップに、非常に焦りを感じ、何ひとつ実になっていないと自分が本当に嫌になる。うんざりして、落ち込み、疲れを感じて、うつの薬をまた飲み始めた。息子の将来が不安になり、やっぱり自分には子育てなんて無理だったんだと泣きたくなる。ここのところしばらくは、そんな気分が続いていて、今もまだ落ちている。

 

でも何だかふと、自分が必死で発達障害について勉強していたのは、単なるしがみつきだったのではないか、現実逃避に近いものがあったのではないかという気がしてきた。息子の療育を始めて以来、いろいろな人から、何々療法がお勧め、どこどこ式の教室で効果が出た、誰先生のこの本がいいといったアドバイスをもらった。自分なりに試したり取捨選択したりしてきたつもりだけど、時にはこの方法が最善、これをやらないとあなたの息子は将来犯罪者になってもおかしくないといった事を真顔で言われる事もあった。

 

そんな時私は、ああ、このお母さんは不安が強くて必死なんだろう、自分の選択した療育の方法に従ってさえいれば大丈夫と、ひたすら信じて心を落ち着かせようとしているのかも知れない、と感じていた。そして、自分はひとつの方法に凝り固まらず、いろいろな療育について学んで試して、いいとこ取りをしようと思ってきた。でも実は私も、「本を読んだり、セミナーを受講したりして勉強する」という行為に、しがみついていたのかも知れない。自分がひたすら勉強してさえいれば、自動的に息子の発達に良い影響が出る、とでも無意識に考えていたのではないだろうか。学んだ事や、仕入れた情報を実生活に落とし込むエネルギーが涸れてしまうまで、「勉強」に逃げていたのかも知れない。

 

30年くらい前に私が不登校になった時、私の母は表立っては私をなじったり責めたりはしなかったが、突然狐憑きのお祓いに行こうと言い出した事があった(非常にショックだったし、結局行かなかった)。当時は自分の事で精一杯だったので母の気持ちや葛藤を考える事など思いもよらなかったが、今考えると当惑や自責、不安などで混乱の極みだったんだろうと思う。当時はインターネットも無いし、発達障害という概念など普通の人は多分誰も知らなかった。不登校児も今よりずっと珍しかった。きっと、いろいろな人に相談しまくり、効果がありそうなことは何でも試してみたいという気持ちでいっぱいだったに違いない。今なら痛いほどよく分かる。

 

そんな母が、しばらくしてから、ふっと肩の力が抜けた様に、もう何か言っても仕方ない、なるようにしかならないから気にしないことにする、といった趣旨の事を、これもまた狐憑きの時の様に唐突に、私に宣言した。困難に遭遇すると、思い惑い葛藤してから、吹っ切れるというフェーズを辿るのだろうか。もし私も同じパターンを経ているとしたら、今は葛藤の終盤と吹っ切れの狭間にいるのかも知れない、と思いたい。

 

とりあえず、今は疲れを感じて元気が出てこないのは確かなので(うつの薬をまた飲む様になって、10点満点の3から4くらいには回復してきた気がする)、しがみついて詰め込んでいた「勉強」に対し、少し距離を意識してひと息ついてみようと思う。そのうち自然に、うちの家庭にフィットする方法やアイディアが、湧いてくるかも知れない。